世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥が5月4日(日本時間5日)、米ラスベガスのT-モバイル・アリーナで防衛戦を行い、挑戦者のWBA1位ラモン・カルデナスに8回45秒TKO勝ちを収めた。モンスター井上が序盤でまさかのダウンを喫しながらも、冷静に完勝した試合を元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士氏はどう見たのか? 全3回にわたって徹底解説する。<NumberWebボクシング評論/全3回の1回目/2回目へ>
あまりに濃密な一戦。
4年ぶりとなる“モンスター”のラスベガス決戦を、WOWOW「エキサイトマッチ」の解説を務めるなど海外のボクシングにも精通する元WBA世界スーパーフライ級王者・飯田覚士氏はそのように表現した。
5月4日(日本時間5日)、4団体統一王座世界スーパーバンタム級タイトルマッチ。王者・井上尚弥がWBA1位ラモン・カルデナスを相手に2ラウンド、よもやのダウンを奪われながらも7ラウンドにダウンを奪い返し、8ラウンドに怒涛のラッシュでTKO勝ちした展開のなかに勝負の命運を握るターニングポイントが幾度もあったという。
今回、Number Webの評論に際して飯田は試合を2度、観ている。ライブで観た1度目では「きっとまだ見逃している」と感じ、再度じっくり観たことによって2人のボクサーによるミクロ単位とも言える攻防を彼なりに解釈できた。紙に隙間がないほどぎっしりと書き込んだメモに飯田は目を落とした。
開始を告げる1ラウンドのゴングが鳴り、まず飯田が目を留めたのがカルデナスのディフェンスであった。
「どんな対策を取ってくるのかなと思っていたら、いつものL字ガードのスタイルではなく、急所を隠すガードを徹底してきました。尚弥選手の武器は何と言っても踏み込んでのワンツー。踏み込みの勢いを利用するから、あのパワーが生み出されるわけです。ただ範囲は真っ直ぐに限定されるので、ガードの真ん中をしっかり狭めておく。逆に距離が近づくと、尚弥選手のフック、ボディーを警戒して(ガードの)真ん中を開き気味にしてテンプル、レバーを隠しておく。距離を測りながら閉じる、開くを絶妙にやっていましたね。
そしてもう1つ、尚弥選手がワンツーを打ち出すと同時に、バックステップで下がるんです。避けると言うのではなく、言葉にするなら“受け流す”ですかね。ガードの上から敢えて打たせて、ダメージを極力抑えるというやり方。実はこれ、(マーロン・)タパレス選手が尚弥選手を相手にやっていたんですよ。トレーナーのジョエル・ディアスさんはおそらく、この試合を参考にして策を授けたんじゃないかなと思いましたね。これならばワンツースリーフォーと来られても下がることでまともに食らわず、かつ、どんどん打ってくれるのであれば尚弥選手にガソリンを使わせることもできますから」
開閉式の固めたガードと、タパレスを参考にした受け流しというディフェンスのミッションを遂行するだけではモンスターの高い壁を乗り越えることはできない。ディフェンスは、あくまで己の得意とするパンチを打ち込むための前提条件に過ぎないこともカルデナスは理解していた。井上の強打にもひるむ素振りを見せず、前に出て突破口を見いだそうとする。
「攻撃のパターンで言えば、得意とする左フックと右ストレートをどのように当てていくか。尚弥選手の左ジャブの打ち終わりに右ストレートを、ワンツーを打ってくるのであれば相打ちで強振するっていう狙いは伝わってきました。カルデナス選手はKO率が低いと言っても2階級上のスーパーフェザー級でもバリバリやっていたので、その数字にごまかされてはいけないと思いましたね」
逆に王者目線からはどうだったか。強いリードジャブでリズムをつくり、スッと左ボディーストレートも当てていく。そして1ラウンド終盤にはワンツーをヒットさせた。
「最初、距離がメッチャ遠いなと思いました。1年前、(ルイス・)ネリ選手との試合で最初のラウンドでダウンを喫してからはより慎重になっていますし、カルデナス選手のパンチ力も警戒していたように映りました。試合前のコメントも『中盤にKOするのが一番いい終わり方』と語っていましたから、序盤は自分の良い動きを見せつつ、相手をしっかり分析するんだろうな、と。フットワークは軽いし、グローブをぐるぐるって回したりして気分は乗っているなとも思いましたね。最後にあのワンツーを打ち込んで、ある程度距離もつかめたという感触もあったはずです」
カルデナスの「尚弥対策」もお構いなしといった順調な滑り出しであったことは間違いない。次に把握しておきたいのは、カルデナスのパンチの軌道、そして威力。井上のアクションを見て、飯田はそう感じた。
「尚弥選手が攻撃して主導権を握りつつも、敢えて足を止めてガードの上から打たせたんですよね。でもここで“おっ”と思えたのが、カルデナス選手が本気で打ち込んでいないんですよ。おそらく尚弥選手が自分のパンチ力を確かめているなって感じたのではないでしょうか。微妙に力を落として打っていたように僕の目には見えました。ただ百戦錬磨のチャンピオンですから、“コイツ、全力出してないな”というのはきっと分かっていたはずです」
手のひらで転がしてみようとするが、挑戦者はそう易々と乗ってこない。そんな心理戦が繰り広げられていくなかで大きなシーンが訪れる。
2ラウンド残り50秒、カルデナスの右ストレートが顔面に入り、井上の鼻から血が流れる。ならばと王者も少しギアを上げてワンツーを放っていく。なおも攻勢を掛けていくべく、ロープに詰めて左フック、右フック、左フックとパンチを振り、後退するチャレンジャーを追い掛けようとしたその刹那、Tモバイルアリーナにどよめきが走った――。
<続く>
2025-05-09T09:38:02Z