「イノウエは危険だ…恐怖心がある」ネリが思わず語った本音…取材記者が見た敗者ネリ“意外な素顔”「井上尚弥は過大評価されている」発言のウラ側

井上尚弥に真っ向から勝負し、派手に散った“問題児”ルイス・ネリ。来日から2週間、ネリを追い続けた取材記者が見た敗者の“意外な素顔”。【全2回の前編/後編も公開中】

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 思わず時計を二度見た。4月23日、12時45分。13時からの公開練習が始まる15分も前に、“悪童”ルイス・ネリが姿を現す。大幅な遅刻は当たり前で、最悪はドタキャンまで想定していた。帝拳ジムに詰めかけたメディア70人以上の予定をも狂わせてこそ、悪童であるはずだ。

 ネリはパイプ椅子に深く腰をかける。かかとまで床につけ、背筋は伸び、膝もきちんと揃えられている。3度のあくびも、律儀に顔を下げながら、であった。

メキシコ人「ネリの人気度は高くない」

 編集者からオーダーを受けたのは試合の3週間前だった。「来日から井上尚弥との試合当日まで、ネリを追いませんか? ボクシングに詳しくないからこその『見え方』があると思うので」。はっきりいって無茶ぶりである。筆者はふだん野球記事をメインに担当しており、井上尚弥が日本史上最強のボクサーであること、次の対戦相手がいわくつきの男であることしか知らないのだ。

 井上尚弥とネリについて急ピッチで調べなければいけない。長年ボクシングを追うライターや、日本在住のメキシコ人らに話を聞いてみたところ、この試合の論点は概ね次のようにまとめられた。

「ネリはドーピング違反と体重超過の前科を持つ問題児である」

「かつて日本ボクシング界のエースだった山中慎介に勝ったことで、こと日本におけるネリの知名度は高い」

「ネリは粗削りだがパワーがあるボクサー。井上が優位も一発で展開が変わる怖さもある」

 意見が割れた部分もあった。井上とネリというマッチアップに対する見解だ。「ネリだからこそ、井上の対戦相手として東京ドームを埋められる」と日本の関係者は口を揃えた。対してメキシコ人の見方はこうだ。「ネリは(同じメキシコ人ボクサーの)カネロやクルスの人気、知名度には遠く及ばない。そんなネリの試合が日本で盛り上がるのは不思議だ」。

 ネリを追う中で見えてきたことがある。

 ボクシングはスポーツであると同時に、興行でもあるのだ。たとえば、ネリがドーピング違反や体重超過をした試合も「山中の負け」が公式記録として残る。極めて理不尽に思えるが、ボクシングファンの見解は「ネリは山中を倒した男」で一致していた。

 その点、ネリのダーティーなパブリックイメージは興行と相性がいい。試合前に相手を煽る発言――いわゆるトラッシュトークも話題作りに貢献する。「イノウエという天才に挑めるだけで幸せ」なんていう当たり障りのないコメントは求められていない。「イノウエは過大評価されている」と不遜に言い放つネリは、矛盾をはらんだボクシングの魅力を体現しているようだ。

「恐怖心がある」ネリの“本音”

 少し遡って4月21日。ロサンゼルスから12時間のフライト後、羽田空港にネリが姿を見せた。あらためて165cmという小柄な体躯を確認する。近寄りがたさは感じない。3人の娘を引き連れ歩く姿、どこか学者を思わせるような分厚いメガネ、ボソボソとした話し方、ファンにサイン対応する様子まで、すべてがイメージとかけ離れていた。

「思ったよりはコンパクトなのかな。全体的に。大きくは感じないな」

 冒頭23日の公開練習を視察した井上真吾トレーナーの言葉が、ネリの印象をシンプルに物語る。

 ネリの本音はどうか。これまで井上と対峙したボクサーはリングに立った瞬間、その圧力に怖気づいたと記者たちは証言する。ネリは本当に井上を「過大評価だ」と思っているのか。あるいは、歩み寄る敗北に抗うための虚勢か。

 公開練習を終え、次の取材機会である試合2日前の記者会見を待つ。その間、これこそネリの偽らざる本音ではないかという記事に出会った。英国人記者、エリオット・ウォーセル氏によるインタビューの中で、ネリはこう語る。

「一つはリスペクト、もう一つは恐怖心である。(中略)井上が危険であることは知っている。リスペクトする必要があると同時に、恐れてはならない。さもなければ激しい攻撃にさらされる」(英ボクシング誌「BOXING NEWS」現地5月2日号)

「(私は)勝っていると思う」発言

 空港と公開練習で、じつはネリが自ら発言することが二度あった。どちらも通訳が訳し終えたと見計らった直後に、伝えきれていない意図を補足するように語ったのだ。

「いいボクサーだが(私は)勝っていると思う」「井上はパウンド・フォー・パウンドでNo.1ではない」

「グレートなボクサーだが、過大評価されている。(前回相手の)タパレスに10Rまでもつれたこと(がその根拠)」

 普通に戦えば勝ち目はない。その厳然たる力量の差をネリは誰よりも理解していた。だが、その事実を受け入れてしまえば、勝ち筋は完全に消える。そこへ行くと、ネリの発言は一貫していた。この3週間、私が見たネリは、「自信過剰な悪童」もしくは「山中戦から改心した優等生」といった単純化されたキャラクターではなかった。井上を過大評価と言い放ちながら、恐怖心があるとも漏らした男。それがネリだった。そして井上尚弥という怪物に対峙する挑戦者として、そのメンタリティはどこまでも正しいものに思えた。

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「えっ、何も聞いてないんですか?」……続きでは、密着記者が目撃した“敗者ネリの異変”を綴る。

<続く>

2024-05-09T08:21:10Z dg43tfdfdgfd