ネリの首がロープに…なぜ井上尚弥“戦慄のTKO”は生まれたか? “怪物と最も拳を交えた男”黒田雅之が語る「尚弥選手のパンチは異常に重い」

「怪物と最も拳を交えた男」の目に、東京ドームのリングに立つ“怪物”はどう映ったのか。5月6日、井上尚弥がルイス・ネリから6回TKO勝利を収めた。井上のプロテストの相手役など長らくスパーリングで拳を交えてきたのが、元日本2階級制覇王者の黒田雅之だ。ネリを3度沈めた井上のパンチの“重さ”など、TKOのキーポイントを解説してもらった。《NumberWebインタビュー全2回/前編から続く》

黒田さんが印象的だと語るのが、3ラウンド残り30秒の場面。井上がワンツーを放ち、右ストレートがネリの顔面を捉えた。ここから井上の攻撃が変わったという。

――完全にペースを握った3ラウンドになります。

「1、2ラウンドまでは右フックというか、右のオーバーハンドが多かった。視界の外から来るので、サウスポーのネリ選手には当たるパンチです。僕の憶測ですが、あの右フックを今回の試合で用意していたのかなと思っています。でも、ワンツーが当たって以降、右ストレート、いきなりの右、ちょこんと当てるような右が増えたんです」

じつは試合中に闘い方を変えていた井上

――試合展開に応じて、フック主体からストレート主体に切り替えたということですね。

「それって当たり前のことかもしれない。でも、尚弥選手のことを話すとき、再三言うんですけど、当たり前のことを当たり前にできる選手って、なかなかいないんです。右フックと右ストレートの比率が1、2ラウンドと比べて、以降は逆になった。その状況判断が凄いです」

――5ラウンドも左フックで2度目のダウンを奪います。

「だいぶ余裕が出てきて、ネリ選手の左のスイングがほとんど当たらない状態。あとは冷静にとどめを刺す。それがあの6ラウンドになったんだと思います」

衝撃のKOパンチ「あんなふうに倒れるなんて、と驚きました」

6ラウンド、右アッパーから、フックとストレートの間のような、コンパクトな右のパンチを顔面へ。ネリは首をロープに打ちつけ、崩れ落ちた。戦慄のTKO。倒され、倒して、最後は絶大なインパクトを残した。

――右のダブルですね。アッパーから、最後は振り抜くというより、ちょこんと当てたようなパンチにも映ります。

「ダブルの2発目で、あんなふうに倒れるなんて、と驚きました。尚弥選手は体の使い方がうまいし、グローブの重さをダメージに変えるテクニックもすごくあると思うんです」

――グローブの重さをですか?

「はい、もし、ボクサーが素手でパンチを打ったとしても相手はそんなに倒れないと思うんです。でも、グローブの重さがプラスされて、よりダメージを与えるというか、脳が揺れやすい状態になるというか。彼がバンタム級に上げてからスパーしたときは、14オンスのグローブで軽くポンと打ってくる彼のジャブが異常なくらい重かった。その感覚って、グローブの重さが加わっているように感じたんです。拳、バンデージ、それにプラスして試合用の8オンスグローブの力を対戦相手に伝える技術。それがすごく高いと思う」

――他の選手からも「グローブの重さ」を感じることはあるんでしょうか。

「たまにいます。逆に、この選手、全然グローブの重さを使えていないなという人もいます。僕はそれを割と意識していました。グローブの遠心力を加えるというか、尚弥選手の最後のダウンはまさにそういう感じでした」

井上尚弥のパンチはなぜあれほど重いのか?

――コンパクトに見えるパンチが、あれだけ効くとは驚きました。

「グローブの重さに加えて、尚弥選手はパンチの力の集中させ具合というんですか。それがもの凄くうまい。一番力が伝わるところに当てるんです」

黒田さんはいくつか例を挙げた。たとえば、サッカーボールで、真ん中を蹴れば、力が伝わり遠くまで飛ぶ。だが、右や左にずれれば、力は逃げてしまう。蹴る場所によって、ボールへの力の伝わり方が違ってくる。

――単にパンチを当てるのではなく、一番効くところに当てるということですね。

「相手も動いているから、なかなか力が伝わるところに当たらない。でも、尚弥選手は力が伝わるポイントにしっかり当てる。その技術を感じます。それが彼のいう『当て勘』なのかもしれません。最後、軽く打っているように見えても、あのネリ選手の倒れ方はそういうことなのかなと思います。もちろん、元々のパンチ力があってのことですが」

「あくまで、一ファンとしての思いですが…」

試合後、サム・グッドマンがリングに上がり、次戦は決定的。年内はスーパーバンタム級に留まり、防衛を重ねることを明言している。

――今後、井上選手に期待することはありますか。

「あくまで、一ファンとしての思いですが、上の階級で、パンチをもらわないことに徹したら……を見てみたいんです」

――フェザー級に上げてということですね。

「先ほどの話ですが、1ラウンドにダウンしてから、ほとんどパンチをもらっていない。相手が前に出てきて、尚弥選手が引いて闘いながら的確にパンチを当てていた。相手の体が大きくなるフェザー級の選手をいなしながら、ああいうボクシングをするのを見てみたいんです」

フェザー級は「かえってやりやすいんじゃないか」

――スパーリングを始めた頃、黒田さんの体の方が大きかったですよね。実際、どうでしたか。

「当時は僕の方が大きかったので、尚弥選手がいなして、的確に強いパンチをバンバンと当ててくる。彼は追うのもいなすのも、もちろん両方できるんですけど、アマチュアからプロの初期はテンポも速かったし、すごく動いていた。慣れ親しんでいるのはそっちなんじゃないかなとも思うんです」

――そういう試合が見てみたい、と。

「仮に階級を上げたら、相手はフレームを生かして前に出てくると思う。それって、尚弥選手からしたら、かえってやりやすいんじゃないかな。あのパンチならフェザー級でも変わらずKOしていくと思います」《ネリに奪われた“ダウンの真相”などを聞いたインタビュー前編も公開中です》

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