井上尚弥のエグい左でタパレスの顔面が歪み…“中継では伝わらない決定的瞬間”を捉えたカメラマンの証言「苦戦という印象はまったくない」《井上尚弥BEST》

5月6日、東京ドームで行われる“モンスター”井上尚弥vsルイス・ネリ戦。これまでNumberWebで公開された井上尚弥の記事の中で、特に人気の高かった記事を再公開します。今回は、昨年12月26日の井上尚弥vsタパレス戦「カメラマンが見た決定的瞬間」です。《初公開:2023年12月30日/肩書などはすべて当時》

<バンタム級に続き、スーパーバンタム級でも4団体統一を果たした井上尚弥。マーロン・タパレスとの一戦をリングサイドで撮影した“パンチを予見する男”は、KOに至るまでの攻防をどう見つめていたのか。全米ボクシング記者協会(BWAA)の最優秀写真賞を4度受賞したカメラマンの福田直樹氏が、“モンスター”の超人的なボクシングを解剖する。>

タパレスは「本気で勝ちにきていた」

 試合を撮り始めてまず予想外だったのは、タパレス選手の立ち上がりが非常に慎重だったことです。これまでのスタイル通り序盤から前に出ていくのかと思いきや、井上選手の強打を警戒して、しっかりと後ろ重心に構えていた。

 一方の井上選手も、直近の試合と比較すると、かなり警戒心を高めているように見えました。細かな攻防のなかで、「打ち終わりを狙われている」と察知したのかもしれません。両者のそんな思惑が重なって、序盤はやや膠着した展開になりましたね。試合前は中盤までのKOもあるかもとイメージしていましたが、3ラウンドを終えた時点で、「これは少し長引きそうだな」と考えを改めました。

 序盤にタパレス選手が不完全な体勢から右フックを放ったんですが、そのパンチの質感、タイミングが想像以上によかった。上体を柔らかく使って強打を殺すテクニックも優れていて、パンチへの反応も速い。過去の映像を見るかぎりではもう少し“粗いボクシング”をするイメージだったのですが、間近で見ると非常にいい頭脳を持っていて、攻守ともに精度が高かったですね。

 7月のスティーブン・フルトン戦は、1ラウンドを終えた時点で「これはヤバい」と相手の顔色が変わっていました。それに比べれば、タパレス選手は“モンスター”が相手でもひるんでいなかった。コンディションも非常によく見えましたし、守備的ではありましたが「本気で勝ちにきている」と感じました。タパレス側からすると一番の狙いはやはり打ち終わりで、それに対して井上選手も「打ち終わりを狙ったパンチの打ち終わり」を狙う。リングサイドからはそんな展開に見えていました。

相手が「井上尚弥」でなければ…

 井上選手がすごいのは、焦れる展開でもさまざまな引き出しを駆使して、的確にポイントを重ねられるところです。多種多様なフェイントを織り交ぜながら、ときにはガードを下げるなどしてうまく相手を誘い込む。多少の攻めにくさはあったかと思いますが、ペースはまったく奪われていませんでしたし、最後まで顔は綺麗なままでしたね。試合を通してまともに被弾したパンチは、右フックを2、3回と左を2回、ジャブも2、3回と、本当に数えるほどだったように思います。

 4ラウンドでダウンを奪ったときは、次のラウンドでの決着を予感しました。しかし、タパレス選手はここからの粘りが見事でしたね。少し重心を前にして勝負に出たことで、ブロックの技術、体の使い方やポジション、パンチの合わせ方にタイミングと、そのスキルがより引き出されたように感じました。

 いくつか強烈なボディも浴びていましたが、よくこらえていましたね。さすがは2団体王者というか、ムロジョン・アフマダリエフに勝利したのは決してフロックではないな、と。仕上がりのよさを感じさせましたし、相手が「井上尚弥」でなければ、窮地に追い込むシーンも生まれたのかもしれません。

「苦戦」という印象はまったくない

 それでもやはり、井上選手が勝利を脅かされるレベルではなかった。試合後、「苦戦」といったニュアンスの記事もいくつか出ていたようですが、個人的にはまったくそうは思いません。ポイント的にもほぼフルマークですし、結果的に10ラウンドでKOですからね。試合後の両者の顔を見比べればわかるように、間違いなく完勝でしょう。体もこのクラスに馴染んできていて、いわゆる「階級の壁」も感じませんでした。

 ポール・バトラー戦(バンタム級4団体統一戦)と同じように、世界クラスの相手が引いてきた展開でも判定までいかないというのがすごい。超人的な倒し方でないと物足りないと感じられるのかもしれませんが、あらためて見返すと最後のシーンはかなり強烈でした。

 まず、ワンツーをリング中央でブロックした相手がよろめく。井上選手はリズムを作って間合いを測り直し、今度は数センチだけグローブの内側に入るように再びワンツーを打ち込む。タパレス選手は微妙に目測を誤り、右ストレートをテンプルにもらって崩れ落ちる……。クリーンな当たり方ではなかったかもしれませんが、それまでのダメージの蓄積もあったのでしょう。ブロックしていたとはいえ、ガードの上からでも効くパンチですからね。

 試合のなかで印象的だったパンチは、右ボディの打ち終わりを狙った非常に的確でコンパクトな左フックです。中継では伝わりにくいかもしれませんが、こういったカウンターによる細かなダメージがフィニッシュにつながった。中盤のボディ、そしてガードの上から相手を吹き飛ばすような大きな右も含めて、どんなパンチでも相手を「削る」ことができるのが井上選手の超人的なところだとあらためて実感しました。

「仕事以前にひとりのファンとして…」

 前回のフルトン戦に続き、今回も米国の『リングマガジン』や英国の『ボクシングニュース』をはじめ、国内外の多くのメディアから写真の依頼がありました。超満員の観衆が有明アリーナを埋め尽くしたことからもわかるように、ファンにとっても我々にとっても、井上選手の試合は特別です。結果がわかっていても現場にいたい、歴史の証人になりたいと思わせるパワーがある。

 このタパレス戦は、ハイレベルな読み合いや中盤の打ち合いなど、直近の数試合とはまた違った面白さがありましたね。カメラマンとしても、決定的な瞬間がいつ訪れるのか、タイミングを考察しながら撮る楽しさを味わえました。

 井上選手がすごすぎて感覚が麻痺してしまいますが、こんな短期間のうちに2階級で4団体を統一するというのは、どう考えても信じがたい偉業です。今後、対戦が噂されるルイス・ネリやアフマダリエフとどんな試合を見せてくれるのか。しっかりと仕上げてきたら……という条件つきですが、ジョンリール・カシメロも面白い相手になるでしょう。仕事以前にひとりのファンとして、来年以降の“モンスター”の活躍も楽しみにしています。

(構成/曹宇鉉)

2024-05-04T02:02:54Z dg43tfdfdgfd