メジャーリーグで2度のMVPに輝き、本塁打王も獲得した大谷翔平。花巻東高校からメジャー行きを宣言していた大谷を“二刀流”として育んだ北海道日本ハムファイターズ時代を振り返る。なぜ、5年間でメジャーに行くことができたのか? そこには、栗山英樹監督も驚いた若き大谷独自の考え方があったーー。
『信じ切る力 生き方で運をコントールする50の心がけ』(栗山英樹著/講談社刊)より抜粋して公開します。<全2回の第2回/第1回も配信中>
翔平に驚かされるのは、独自の考え方がはっきりあることです。例えば、打ったり投げたりする練習を、途中でやめてしまうことがある。自分がイメージしているものと、あまりに違う動きになっていることに気づくと、やめてしまうのです。
もし、そのまま練習を続けると、おかしな動きがそのままクセになってしまいかねない。悪いフォームになってしまうということだと思います。昔は、それを直すための練習をしたり、バットを振ったりしたものですが、翔平はやらない。
一方で、筋肉を鍛えるトレーニングだけはやめなかった。シーズンに入って遠征に出ていたとしても、朝10時になると必ずリュックサックを背負ってトレーニングに行っていました。僕は一緒に行くわけではないので、トレーナーに話を聞きました。
それこそ、その日も試合があるし、前日までの試合で身体の疲れもある。だから、トレーニングを休んだほうがいいのでは、とトレーナーが言っても、本人は聞かない。
「今日、仮に身体が疲れてしまっていたとしても、試合では何とかします。今日の試合のこと以上に、僕には今やっておかないといけないことがあるんです」と言うのです。
翔平の頭の中にあるのは、「今じゃない」ということでした。
「今のためではなく、 将来こういうプレーヤーになるために、今やっておかなければならないことがある。 だから、今やる」。こんな発想をする選手は、トレーナーも見たことがないと言っていました。
大事なことは、もっと先にある。なかなか常人には、理解ができないことかもしれ ません。
おそらく翔平の中には、大リーグでホームラン王になった今のバッティングのイメージや、投球のイメージがすでにあったのだと思います。もしかしたら、今はそれ以上になっているのかもしれませんが。
最近のインタビューでは、「僕には時間がない」という話をしていました。
「自分自身も年を重ねて、野球人生も中盤に差し掛かっている。ここから先、多くの時間があるわけではない。本当に無駄にしないように、悔いの残らないように毎日頑張りたい」
まだ20代で、将来は開けていくはずなのに、これが翔平の感覚なのです。トレーニングを含めて、もっとやりたいことがあるのに時間がないと言っていたのです。
一般的な選手の本能は、「今日の試合で結果を出したい」でしょう。しかし、それを超越して、「今ではない」と言い切って、トレーニングをやり切ってしまう。これが、翔平なのです。
翔平を見ていて、思ったことがありました。ストイックに身体を鍛え、練習し、外出もしないし、遊びにも行かない。しかし、それは彼が生活を律しているのではない、と僕は感じていました。
自分のやりたいことの優先順位の問題です。
「そんなことをやっている時間があるんだったら、これをやってもっとうまくなりたい」
そういうイメージがはっきりしているのだと思うのです。おそらく、ですが。だから、「律している?」と問われたら「え?」となると思います。
みんなで食事をしたり、お酒を飲んだり、女の子と騒いだりする一瞬の楽しさよりも、スタジアムに来ている 万人が「すごい」と驚いたり、喜んでくれるプレーができる。翔平が目指しているのは、それなのです。
入団後、翔平は外出時の「大谷ルール」でも有名になりました。外出は許可制。門限も設ける。二刀流をやるのであれば、どうしても練習で身体に負荷がかかる。翔平の出身校、花巻東高校の佐々木監督も心配されていました。だから、休む時間をしっかり取らせることが、「大谷ルール」のもともとの発想でした。
実は、何人かの選手にも同じようなルールを作りましたが、最後までルールを守り切ったのは、翔平だけでした。
外出するときには、僕に直接、連絡をする。例えば、誰と食事に出るのか、知らせる。結局、僕は一度もダメ出しをしたことはありませんでした。僕が心配していたのは、「ちょっと大谷くんを連れてきて」と言われた、などと他の選手からの誘いが来ることでした。
超スーパースターになろうとしている翔平に会いたい人は多い。しかし、それをすべて許していたら、間違いなくおかしくなると思いました。ただ、本当に行きたいのであれば、行っても構わないと思っていました。翔平が憧れの選手と食事をするのもいい。
今も覚えていますが、2年目の7月、仙台で完投勝利をした夜、翔平から連絡が来たのでした。試合後の遅い時間でした。
「監督、お疲れさまでした。今日、花巻東時代のキャプテンが仙台に来ているんですが、ちょっと飯、食べに行っていいですか」
僕が「どうぞどうぞ、ゆっくり食べてきなさい」と伝えると、「ちなみに、門限って何時ですか?」という返事が来ました。実は2年目の夏まで、翔平は門限を知らなかったのです。門限が必要なかったから、門限という発想もなかった。
門限はあったと思いますが、僕は返信しました。
「門限あるけど、気にしなくていいから、ゆっくり食べてきなさい」
改めてルールなんて、どうでもいいのだと思いました。翔平にとっては、あってもなくても、どっちでもよかった。あろうがなかろうが、本人の問題だったのです。
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